お知らせ・トピックス

こんにちは、社長の寺本です。

10月23日に、第2工場の増築工事が完了しました。もともと第2工場は平成18年(2006年)5月に建設しました。第2工場ができるまでは、第1工場のフライス盤などの横で組立を行っていまして、当時来客されたお客様からは、「精密な機械を組み立てている割には環境が悪いですね」とよく指摘をされていました。その年は11月に私が社長を交代することも決まっていたので、第2工場の建設も私の熱い思いで進めたのを今でも覚えています。

今にしてみればたかだか3,000万円くらいの投資でしたが、会計事務所からは、もう少し待ったらとか、銀行もなかなか貸してくれず、たいへん心身ともに苦労したののは忘れられません。

おかげさまをもちまして、その10年後の2016年に第3工場、2022年に第4工場を建設することができました。第4工場建設からはたった3年しか経っていませんが、ありがたいことに手狭になってきましたので、今回の工事で第2工場を既存の倍近く広げさせていただきました。

またすぐ手狭になるように、これからも一生懸命、頑張りたいと思います。

こんにちは、社長の寺本です。

10月2日(木)~4日(土) に2年に1度の慰安旅行を行いました。例年通り、私が、観光地、昼食や夕食、宿泊するところなどすべてを企画します。もちろんそのコンセプトは「いかに社員の労をねぎらってあげられるか」です。普段から、お給料や福利厚生で精一杯しているつもりでありますが、人によってはまだまだ足りないと思っていると思います。たった2泊3日ではありますが、「少しでも労をねぎらえる事ができれば」とそんな気持ちで、今年も頑張りました(笑)。もちろん今回もるるぶに負けないくらいの「旅のしおり(14ページ)」も総務部のみんなが作ってくれました。ちなみに今回の旅費は1人18万円くらいかかっています。(そのうち社員は積立で48,000円負担してもらいます)

今年は、社員のみんなを連れて行きたかったところは南九州。特に私のおススメで熊本の馬刺し、宮崎の高千穂、おぐらのチキン南蛮、鹿児島の知覧特攻会館、露天風呂が有名な城山観光ホテルをベースに企画を練りに練りました。もちろん慰安旅行恒例の買い出しもあります。全員でスーパーマーケットに行き、好きな物を好きなだけ買い込みます。ルールはこの慰安旅行中に食べきる、飲み切ること。毎回、みんなここぞとばかりに普段買わないようなものを買いまくります。

これまた恒例のバス内で行う社長考案クイズ大会も今年も盛り上がりました。(と、勝手に思っています笑)3チームが1点差だったため、最後は私の荷似顔絵で決着をつけることになりました。

そして最後は今回も144ページのフォトブック作りました。中をお見せできないのが残念ですが、今年もすべての写真にコメントを入れ、いい出来に仕上がったと勝手に思っています。(自己満足ですが)

あっという間の3日間でしたが、社員の楽しい表情もたくさん見れたし、ケガや事故もなく無事終了することができてよかったです。今からすでに2年後が楽しみです。今度はどこに連れて行ってあげようかなぁ。

こんにちは、社長の寺本です。

数年前から女性が活躍しやすい会社を作りたいと思い、進めておりましたが、この度「ふくい女性活躍推進企業」の登録をしました。ここに登録することでより一層、女性のキャリア形成、ワークライフバランス、管理職登用などの面で活躍できるように配慮していきたいと考えております。

こんにちは、社長の寺本です。

3月21日(金)に13年ぶりに中期経営計画を発表しました。本来なら取引銀行様やお客様、協力企業様をお呼びして、今後の当社の方針などを聞いていただき、方向性を共有してもらうのが一般的だとは思いますが、前回同様今回も社員だけで致しました。もちろん後日、取引銀行様にはお渡ししています。

初めて中期経営計画を作ったのは、平成19年(2007年)、18年前でした。2006年に社長を受け継ぎましたので、社長に就任してすぐでした。その時に父親である会長に言われた言葉は、「そんな計画通り行ったら、どこの会社も苦労せんわ。」と職人気質的な社長あるあるで、ある意味「やってやろう」と闘志が沸いてきたのを今でも覚えています。そして見事5年で計画通り売上2.5倍を達成できました。

続けてその年(平成24年、2012年)に、さらに5年の中期経営計画を立てました。前期が意外と簡単に達成できたのもあり、調子にのってしまったのか、今にして思えばかなりハードルの高い目標でありました。内容も砂上の楼閣だったような気がします。結局、売上だけで見ると達成までに12年もかかってしまいました。5年の中期計画が12年もかかったわけですから、失敗ではあったわけですが、利益は計画よりも高い水準で達成できていたので、その分社員にも還元でき、会社もしっかりと成長させることができました。

それらを踏まえた今回の中期経営計画だったわけですが、今回もタナベ経営にサポートしてもらいながら、役員とともに約3ヶ月かけて作成しました。前回失敗の原因も充分考慮し、徹底的に精査して、今回はさらにハードルの高い売上&利益目標にしました。正直かなりビビるような数字ですが、寺本鉄工の理念、伝統、社風、社員のエンゲージメントやスキルの高さがあれば、必ず達成できると思います。

 社員にとっては、会社が大きく成長することも大事ですが、それよりも給与や福利厚生が手厚くなる事の方が大事だと思いますので、中期経営計画には左記のような内容も盛り込みました。

5年後、どれも達成したいですね。

こんにちは、社長の寺本です。

本日3月19日を以て、また寺本鉄工のレジェンド(牧野さんと言います)が1人、退職しました。その方は1970年に18歳で入社して、13年前に一旦定年退職した後、雇用を延長してもらっていました。昨年、そろそろ身を引きたいと申し出があったのですが、まだまだ牧野さんから教わることが多いので、あと1年だけと無理を聞いてもらいました。残念ですし、寂しいですが、とうとう本日をもって完全に退職という事になりました。

なんと55年も勤めてもらったんですね。まさにレジェンドです。当社は創業して57年ですから、創業間もない頃からずーっと寺本の歴史を作ってきていただいたということです。

寺本鉄工は私の父が57年前に加工と組立が得意な会社として創業しました。福井では「寺本」って聞くと「いい仕事をする会社ですね。」って必ず言われるくらい当時からその技術は高かったと聞いております。その中心にいたのがまさに牧野さんなんですね。

現在でこそ当社は設計から加工、組立、電気を一貫して行うセットメーカーですが、創業して25年くらいは、完全な下請けとして、様々な業種のお客様から図面を支給してもらって加工と組立を行う会社でした。牧野さんは医療、食品、木材、建設、車両、衣料、半導体、工作機械、レーザーなど、どんな業種のどんな機械も、組み立てられない機械はなかったです。大げさではなくそれくらいすごい人でした。0.01mmの精度を要する機械から長さ20mもある装置だったり、書けば書くほどその偉大さが思い出されてきます。

牧野さんが多くの社員に技術を伝授してきてくれたおかげで当社は今でも「技術の寺本」してお客様から高い評価を得ております。本日就業後、社員みんなで食堂にて簡単な送別会を開きました。送別会では10個ほどの質問をクイズ形式にしてみんなで答えるのですが、さすがレジェンドという答えもあったり、誰も入社してない頃で、そんな事は誰も知らんやろという答えだったりと、最後にみんなで楽しく送り出すことができたと思っております。私も牧野さんとは私が入社した時からですから38年間もいっしょに働いてきて、たくさんの思い出があります。さすがに最後の挨拶にはちょっとウルってきてしまいました。

牧野さんの「技術の寺本」の「顔」としての計り知れない功績と実績は会社にとっても、私にとっても、そして共に働いた社員にとってもかけがえのないものです。これからは、自分の時間を大切にして、お元気で充実した日々を過ごしていただけたらと思います。

長い間、お疲れさまでした。ありがとうございました。

ページトップへ